パーフェクトヒューマン日記「社会人の教養がすべて身につくメディア」

社会人の教養がすべて身につきます。パーフェクトヒューマンを目指しましょう!

フィクサーによる日本の教育改革本5 第3章 下。

どうも、パーフェクトヒューマン志願者武信です。

 

前回の記事は以下です。文字数13000

 

目次
  
1 性格について

2 非認知能力「学力の経済学」編

3 「幼児教育の経済学」編

4 非認知能力「好奇心」

5 ストレス対処能力と話し方

6 「なぜ理系は文系に使われるのだろうか?」の要約

7 日本の高学歴のまとめ

8 歴史と歴史学と英語について

9 日本は何で食っていくか?と教養について

10 人文学と仕事と教養のマトリクス図
 

 

 1 性格について   

次に、性格です。

 

コミュ力に性格まで含めるの?」と疑問に思うかもしれません。

 

企業側は性格は重視しないと言われますが(「なぜ7割のエントリーシートは読まずに捨てられるのか?」のP94からに適性検査で根暗だとバレても落とされないと書かれています)、僕は人生での成功では性格はそれなりに影響力があると思うので載せます。

 

「新卒採用革命」という本を参考にします。

 

明るい性格である、忍耐力がある、積極性がある、協調性がある、自分で考えることができる、自発的に行動できる、他人と協力できる、気配りができる、我慢ができる、頑張り力がある、責任感がある、落ち込まない、転換力がある、前向き、可能思考、孤独力がある が求められる性格だということです。

 

ちなみに知能的な面では専門的知識が豊富、自社の情報を学習している、知能指数が高い、社会的な一般知識がある などが「望まれる人材像」だそうです。

 

多くの学生に欠けている「成人力」では人の話を聞かない、気配りができない、真剣に仕事をしない、協力できない・しない、世間を甘くみている、表面的な対応しかできない、休む、遅刻する、我慢しない、自分に甘い、などがあります。 

 

2 企業に必要な成人力とは?

1  望ましい性格の持ち主を採用したい。素直さ、我慢強さ、可能思考、明るさ、前向きさ、向上心。

 

2  組織人としての能力を備えている人を採用したい。聞く力、書く力、話す力、気配り、考える力、論理力、リーダーシップ。 ここまでが本の内容です。

 

また、いろいろな性格を含めた能力分析の本では「誰にでも才能はある。問題はその「原石」をどう見つけて磨くかだ」が参考になります。

 

この話題については第6章で再度取り上げます。「人事の超プロが明かす評価基準」という本を参考にしてまとめました。

 

企業の普遍的な評価基準、つまり「45のコンピテンシー」について書いています。

 

3 非認知能力「学力の経済学」編

さて、性格とは「非認知能力」とも言い換えられるかもしれません。「学力」の経済学」「幼児教育の経済学」などを参考にしてまとめます。

 

まずは「学力の経済学」からまとめます。

 

学力テストでは測れないのが非認知能力(誠実さ、忍耐強さ、社交性、好奇心の強さなど)です。学校は勉強する場所だけではなく非認知能力を培う場所でもあります。

 

SATと呼ばれる共通テストは認知能力のみを測っており、高校の通知票は非認知能力を測っていると考えられます。

 

中退しないで大学を卒業できたのは高校の通知票が良かった者という結果が出ました。

 

高校でよい成績を取る過程で獲得した非認知能力(まじめ、先生との関係がよい、計画性がある、やり抜く力がある、など)がなければ社会人で活躍できないのです。

 

学力だけでは社会人として成功できません。大学を卒業できたという結果でも、社会人へ近づいているということでしょうか。

 

重要な非認知能力を述べます。

 

1 「自制心」 「マシュマロ実験」で測ることができます。「マシュマロ実験」で、ググッて(検索して)ください。

 

2 「やり抜く力」(GRITグリット)とも呼ばれています)  

 

やり抜く力は「非常に遠い先にあるゴールに向けて、興味を失わず、努力し続けることができる気質」と定義されています。

 

才能とやり抜く力の間には相関関係がないとも言われています。才能があっても「やり抜く力」がないがために成功に至らない人が少なからずいたのです。

 

「自制心」を鍛えるには何かを繰り返し継続的に行うことで向上させることができます。

 

「やり抜く力」は「才能は生来のものではなく努力によって後天的に伸ばすことができる」ということを信じるといいようです。

 

「やり抜く力」を弱めるのは、ある実験により「年齢とともに記憶力は低下する」という記事を読んだ人と読まなかった人では記事を読んだ人のほうが記憶した単語量が少なかったことが示されていました。

 

「気の持ちよう」が大事ということでしょう。

 

海外だけでなく日本でも実証されています。中・高校生の時に培われた「勤勉性、協調性、リーダーシップなどの非認知能力」が学歴、雇用、年収に影響することが明らかにされています。

 

外向性や勤勉性といった非認知能力が年収や昇進に影響を与えることも示されています。

 

4つの基本的なモラル(ウソをついてはいけない、他人に親切にする、ルールを守る、勉強をする)をしつけの一環として親から教わった人はそれらをまったく教わらなかった人と比較すると年収が86万円高ということも明らかになっています。

 

しつけが子どもの勤勉性に因果関係を持つことも明らかになりました。親が幼少期のしつけをきちんと行い、基本的なモラルを身につけさせると勤勉性という非認知能力が身につきます。

 

この勤勉性が平均的な年収の差につながったのだと考えられます。

 

ある研究では子どものころに夏休みの宿題を休みの終わりのほうにやった人ほど喫煙、ギャンブル、飲酒の習慣があり、借金もあって太っている確率が高いことが明らかになっています。

 

宿題を先延ばしにするのは自制心のない証拠です。大人になってからもいろいろなことを先延ばしにし、「明日からやろう」といっては結局禁煙できず、貯蓄もできず、ダイエットもできないのです。

 

学力を軽視しているわけではありませんが非認知能力は学力以上に社会的成功に関係しているのでしょう。

 

定期試験を絶対視し、部活や生徒会、ボランティアなどを軽視するのは実は危険なことなのかもしれないのです。学力は上がるかもしれませんが非認知能力を伸ばす機会を奪っている可能性があるからです。以上、ここまで。

 

4 「幼児教育の経済学」編

ここからは「幼児教育の経済学」をまとめます。

 

意欲や「長期的計画を実行する能力(やり抜く力?)」、「他人との協働に必要な社会的・感情的制御(自制心?)」といった非認知能力もまた、賃金や就労、労働経験年数、大学進学、十代の妊娠、危険な活動への従事、健康管理、犯罪率などに大きく影響します。

 

認知的スキルと非認知的スキルは混ざり合う部分もあります。

 

認知的スキルは読み書きや数学の基礎知識から特定の職業の問題解決テクニックにいたるすべてを含みます。

 

非認知的スキルは責任感や忍耐力といった性格特性だけでなく、他者と協働する能力などの対人関係感覚も含みます。

 

これらのスキルは現実にはまじりあっているし、状況に影響されます。

 

著者の読み書き能力や忍耐力は税金申告書類の記入や電子機器の扱いとなるとすっかりシャットダウンしてしまう程度しかありませんでした。

 

そのうえ、非認知的スキルを育てる最良の方法は認知的側面を持つ有意義な活動を通じてのものでした。

 

教育レベルが高くない人々を対象にして二年間かけて実施した私の最近の研究は認知的スキルと非認知的スキルの混在を証明しています。

 

教育レベルの低い人々はファッションから溶接にいたるまでさまざまな職業教育プログラムを受けることで能力を獲得し、さらには自信をつけたり、細部にまで注意を払うようになったり、出来栄えにこだわったりするようになるだけでなく、他人とのコミュニケーション力を身につけたり他人を助けたりするようになったのです。

 

やる気に満ちた人々による、小規模の実験的努力は成果を示します。

 

ですが、それを綿密な設計によって大規模に再現しようとすると有望に思えた効果が弱くなり、そのうちにすっかり消滅してしまうことが多いのです。P62。詳しくは本で。

 

就学前教育はその後の人生に多大な影響を与えます。

 

社会的に成功するためには非認知能力が重要であり、それは就学前教育で形成される部分が多いということです。

 

従来の経済学は学力や学歴、IQといった知的な能力、つまり認知能力だけを対象にしてきました。つまり、小・中・高・大学や職業訓練で所得は増えるのかという研究です。

 

「リーダーシップ、忍耐力、協調性、やる気といった非認知能力」がどのような影響を与えるかという研究は対象外でした。

 

就学前教育は所得だけでなく、社会的成功や健康にも貢献します。認知能力と非認知能力は同程度重要だといいます。

 

就学前教育を受けたグループと受けなかったグループの対照実験でも効果は一目瞭然でした。

 

40歳の時点で就学前教育を受けたグループは「高校卒業率や持ち家率、平均所得が高く」、「婚外子を持つ比率や生活保護受給率、逮捕者率が低い」という結果が出ました。

 

また、所得や労働生産性の向上、生活保護費の低減など、就学前教育を行ったことによる社会全体の投資収益率を調べると15~17%という非常に高い数値が出ました。投資効果は非常に高いのです。

 

就学前教育を受けた子供は学習意欲が盛んでした。IQは高まっていないようですが。

 

高所得を得たり、社会的に成功したりするにはIQなどの認知能力と学習意欲や労働意欲、努力や忍耐などの非認知能力の両方が必要です。

 

ペリー就学前プロジェクトは子供たちの非認知能力を高めることには貢献しました。

 

最近の脳科学の研究によれば「3歳以下で一定の期間眼帯をしていると弱視になる」など、さまざまな能力の発達には敏感期が存在することが示されています。

 

ちなみに3、4歳を対象とした就学前教育であったペリー就学前プロジェクトは子供たちのIQを高める効果は小さかったのですが生後4ヶ月からの介入を行った別の介入実験であるアベセダリアンプロジェクトでは子供たちのIQが高まったという結果が示されています。

 

このような脳科学の知見も用いて、ヘックマン教授は3、4歳の時期に教育を受けずに敏感期を過ぎてしまった子供は教育投資の効果が小さくなり、学習意欲を高めることは難しく、効果は限定的なものになると考えています。

 

逆に言えば、非認知能力が大きく発達する就学前の時期にその発達を促す教育をすることが重要でその発達がその後の教育の効率性を高め、社会的な成功につながるのです。 以上、ここまで。

 

これに関しては藤沢数希氏によればIQが高まったのではなく3、4歳までに培われた勤勉さなどの要因(非認知能力)が残って後に発揮されて、学力が高まる傾向にあるということでした。

 

5 非認知能力「好奇心」

重要な非認知能力をもう一つ加えましょう。

 

それは「好奇心」です。

 

「子どもは40000回質問する」という本によれば、学業的な成功の裏では知的好奇心「労力を伴う認知活動の機会を求め、積極的に携わり、楽しみ、突きつめる傾向」が大きな役割を果たしていると書いてあります。 

 

知的好奇心の強さとは知識を習得し、新しい考えを吸収する意欲に他ならないということです。

 

データによると、好奇心が成績に対して勤勉さと同じくらい大きな影響を及ぼしているとのこと。勤勉さと好奇心という性格的特質を合わせると知能と同程度の価値があることもわかったそうです。P147から。

 

僕の意見では好奇心が重要なのはシータ波が出ているからだと考えています。

 

「受験脳の作り方」という本によればLTPという物質が刺激を繰り返す回数を減らす(つまり、復習回数を減らす)鍵だと書いています。LTPが出る条件は脳波がシータ派のときであり、シータ波は好奇心の象徴なのです。

 

はじめてのものに出会ったり、未知の場所にきたりすると自然に脳に生じる脳波ですね。つまり、わくわくしたり、ドキドキしたりして、好奇心が強く外に向かっている状態です。

 

反対に飽きたり、マンネリ化したりして興味が薄れるとシータ波は消えてしまいます。

 

シータ波が出ている海馬では少ない刺激の回数でLTPが起こります。うまく刺激すると、繰り返す回数を80~90%も減らすことが可能です。

 

10分の1の刺激数で済みます。記憶力がいい人は何事にも興味を持って接しているからだと思います。つまり、知りたいという欲求、好奇心が強いのです。記憶力が高ければ学業成績が良くなりますね。

 

このように、性格(非認知能力か?)は人生の成功においてかなり重要であると言えるでしょう。ペーパー試験は学力など一部しか測ってこなかったのです。

 

6 ストレス対処能力と話し方

また、サラリーマンに特に必要な能力ですがストレス対処能力は重要です。

 

通勤地獄、会社の人間関係、クレームなどストレスだらけです。これに家庭内の育児、姑問題、夫婦間のいざこざなど含めたらストレスを上手く処理しないとパンクしてしまいます。

 

集団内にいると、ストレスで疲れてやる気がなくなってしまう人も大勢いると思います。会社側はそれらをよく理解し、社員のストレスをなるべく少なくし、やる気を上げるべきです。

 

集団の中に長くいると教育の弊害を感じていてもそれを克服しようという意欲もなくなってくるし、会社内の問題にも克服しようという気力が失せてきます。

 

学校や会社の仕組みに疑問を感じていてもそれを変えるには相当なパワーが必要です。そこまでの労力をかける意欲がなくなってしまうのです。

 

学校や会社で従うことによって、上手く乗り切れればそれでいいやという気分になってしまいます。集団の力とはそういうものです。

 

国や会社が上手く仕組みを作り上げ、マネジメントしないと構成員はそういう態度になってしまいます。常勝集団を作るのなら上がちゃんと仕組みを作りあげないといけません。

 

そして、話し方(ノンバーバル)が重視されます。ノンバーバルとは「身ぶり・手振り・表情・声など」のことです。

 

表情や態度が魅力的だったり、声のトーンがちょうどよかったりすれば印象は良いです。内面ではなく外面の良さです。芸能人はノンバーバルの手本でしょう。

 

面接ではノンバーバルがよく判定されます。営業マンとして恥ずかしくない言動を取れるか?見られます。一番大事なのは中身ですが、ビジネスでは外面も重要です。コミュ力の説明は以上です。

 

7 「なぜ理系は文系に使われるのだろうか?」の要約

ここで話題を多少、ずらします。理系と比べて文系の方が高い地位に就くケースが多いと言われます。

 

例えば、大企業のサラリーマン社長やマネジャーや官庁などは文系が多くを占めます。厚生労働省にあって官僚のトップ・ポストである事務次官に就くのはほとんどが法学部の出身者だそうです。

 

僕は理系はモノに興味を持ち、文系は人間を研究対象としていると考えています。

 

つまり、文系学部出身者は人の上に立ちやすい傾向があると言えます。典型例はマネジメントと営業です。

 

つまり、コミュ力(人間に対する興味)です。理系はモノに興味を持つので開発や研究をしたがる傾向があります。しかし、会社の売上を左右し、支えているのは注文やお客を持ってくる営業マンです。

 

ここからは、ネットの山崎元さんの記事「なぜ理系は文系に使われるのだろうか?」からの引用・まとめです。

 

 http://www.atmarkit.co.jp/ait/articles/1405/08/news098.html

 

ビジネスの世界では「客を持っている」ことと「ノウハウを持っている」ことの2つが人材価値の根拠となることが多いのですが確実にかつ高く評価されるのは前者です。

 

必然的に営業の王者がビジネス組織全体の王者になりやすいです。

 

組織のマネジメントにおける意識と行動力でも理系人材は後れを取ることが多いです。

 

「技術的に何ができて、組織が今後何をするべきか」という問題はもちろん重要ですがある程度組織が成熟してくると同じくらいか、あるいはより重要になるのが「人」「お金」の管理です。

 

特に、資金繰りは会社の生死に関わるし、人事は組織に属する人々のモチベーションに関わる最重要のテーマです。

 

理系の人々は他人に対して専門的に「できるか」「できないか」という専門能力面にだけ関心が向きやすいです。

 

しかし、良い人事を行うためには評価対象者たちを「どう使えるか?」を価値にして、評価の与え方と人材の使い方を考える必要があります。以上、ここまで。

 

つまり、理系はモノにばかり興味が偏重しすぎなのです。もっと人間を理解する必要があります。

 

しかし、人間が苦手なので理系に来たという人は多いと思われます。したがって、なかなか克服するのは難しい問題かもしれないです。

 

理系の人たちは自分たちが好きなことをやっているだけだから、そういう人ばかりだと世の中が回りません。というわけで彼らを使う人(文系)が必要になります。

 

8 日本の高学歴のまとめ

このように、高学歴はあくまでペーパー試験突破者の場合(AO入試は省く)、ペーパー試験で問われない要因については能力を測られていないのです。

 

イノベーターが主に日本を救うと僕は考えています。スティーブ・ジョブズビル・ゲイツが数人いるだけで莫大な金額を稼ぎ、税金を収め、雇用も生み出すからです。

 

ですが、日本の高学歴はそもそもそういう人材育成のための試験ではなかったのです。

 

経営系・ビジネスの適性コミュ力(非認知能力も?)が測られていないのでビジネスで事業を興せるかどうかは未知数です。

 

対して、学問の素養を見る、つまり学者研究者官僚養成には高学歴は向いています。

 

学問を使う仕事や研究には高学歴(理系)は強いでしょう。思考力重視路線です。

 

しかし、学問だけじゃ国は栄えません。起業家や経営者、そこで働く従業員の能力と勤勉さによって金は稼げます。研究・開発だけでなく営業・マネジメントなども大事です。

 

学者や大学受験信奉者はこう言うかもしれません。教育の目的は教養を身につけたり、人格を育成したりすることだと。

 

僕は思います。それはそういう人たちが教養で食っているから言えることだと。

 

大半の民間企業で働いている人は顧客がいて、その顧客のニーズを満たすためにスキルや知識を磨くのです。

 

教養はあるに越したことはありませんがもっと実践的なスキルのほうが生きるのに重要です。

 

もちろん知識集約型のイノベーションは高度な勉強が重要ですが主に理系です。文系の教養系は僕から見れば優先度は低いです。

 

9 歴史と歴史学と英語について

特に、歴史(近現代は除きます。さらに細かい重箱の隅をつつくような知識の暗記)などは理系の最重要人材に比べたら価値は落ちると思っています。

 

ですが欧米、特にイギリスの大学のオックスフォード大学の歴史学部は日本で言えば「東大理3」と同じ位置付けだそうです。難易度の話です。

 

それだけ歴史学が重視されています。この後、述べますが歴史ではなく歴史学です。

 

イギリスでは歴史学を学んだ首相は戦後の首相経験者16人のうち3人います。

 

ゴードン・ブラウン元首相(2007~10年就任)とハロルド・ウィルソン元首相(1974~76、1964~70年就任)とサー・アレック・ダグラス=ヒューム元首相(1963~64年就任)は皆、オックスフォード大学で現代歴史学を専攻しています。

 

一方、日本では歴史学を専攻した首相は一人もおらず、圧倒的に多いのは法律学政治学で近年は経済学専攻の首相も増えています。(「ユダヤ式エッセンシャル学習法」という本を参考にしました) 

 

ここで歴史と歴史学は違うという話を書きます。

 

高校で教える「歴史」とは「過去から現在までの出来事の記録」であるのに対して、大学で教える「歴史学」とは「歴史そのものを研究の対象とする学問」のことをいいます。

 

歴史と歴史学では学ぼうとする態度がまったく異なります。

 

そして、歴史学は法学や経済学、社会学、数学、化学、物理学などと異なり、現実の社会やビジネスにおいては役に立たない学問であると思われていますが本来の歴史学はそうではありません。

 

歴史学とは過去に起こった出来事を考察し、そこから導き出されたものを教訓として後の時代に役立てるための学問だからです。

 

歴史は「人類の失敗史」であり、そこから多くの教訓を学ぶことができます。

 

歴史の知識を詰め込んだだけでは「ああ、今回の出来事は過去のあの出来事と似ているなぁ」と考えるだけで終わってしまいます。

 

ところが、過去の歴史の背景、状況を正確に調べ、現在の背景、条件、状況と比較分析すれば将来的に同じ出来事が起こるのか起こらないのかを、かなり高い精度で予測することができるようになります。

 

また、同じ出来事が起こる場合にはその具体的な回避策を考えることもできるようになります。

 

歴史学の存在意義は知識として丸暗記することではなく、その知識をもとにさまざまな方向から分析し、しっかりした思考方法を身につけることです。

 

ただし、歴史に関する豊富な知識量がなければ俯瞰的な視点で物事を見ることはできないのは注意点です。

 

日本の大学受験の歴史の膨大な細かい暗記は必要なのか?僕は懐疑的です。

 

大学での歴史学に沿って大学受験の問題を作りなおして欲しいと切に願いますがマークシートでは限界があるのかもしれません。

 

ちなみに、歴史学宗教はグローバル展開を考えている企業は必須事項です。各国の歴史や宗教や文化を知らないとビジネスになりません。

 

言語は現地の言葉を浅い部分で使えればいいでしょう。現地の言葉で挨拶してくれれば現地の従業員のやる気も変わるかもしれないです。

 

最悪の場合、通訳も使えます。英語が必須という今の教育は議論すべきかもしれません。

ここで、話題を変えて英語について述べます。英語は翻訳機・通訳機の大幅な発展が見込める可能性があります。

 

翻訳家の一部は残ると予測します。完全で正確な翻訳はまだ難しいので微修正する役割として残るからです。

 

ですが、大半のHPはそのうちにGoogle翻訳などが向上するのではないでしょうか?洋書の翻訳機は電子データを解読し、翻訳可能になると思いますがこなれた訳になるかは分からないです。

 

優秀なライター(翻訳家も)は必要不可欠でしょう。通訳機も他の企業が開発中でしょう。

 

研究者が論文を読み書きする際に英語は必要なわけで、聞く・話すの部分はどこまで必要なのか?議論の余地は残っていると僕は考えています。(もう、文科省は外部の民間試験の活用を決めたみたいですが。英語の4技能を使うエリートはほんの一部だろうなぁ)

 

10 日本は何で食っていくか?と教養について

さて、日本は何で食っていくか?という視点が抜けていないでしょうか?

 

教養学問(文系ね)で日本人の大半は食っていけるのでしょうか? 

 

学者や大学受験信奉者は大局観が抜けていると考えています。自分たちの視点からしか見ていません。

 

自分たちが教養や学問で食っていて、他の人たちに押し付けようとしていることに気づいてない人もいます。

 

「未来予測の超プロが教える本質を見極める勉強法」からの引用・まとめです。

 

欧米の大学では一般教養教育こそが大学の本流であって、専門教育は一種の職業訓練にすぎないと考えられています。

 

一般教養教育のほうが重要であるのは将来どのような職業に就くにしても、人文科学、社会科学、自然科学の三分野の知識を幅広く習得するのが不可欠であるという前提に立っているからです。

 

これは一般教養課程よりも専門課程が格上であると考える日本の大学教育とは大きく異なります。以上、ここまで。

 

欧米では教養は重要視されているようです。教養はあるに越したことはないです。G型で食っていく人たちはなるべく身につけた方がいいでしょう。

 

しかし、G型といえど教養はなるべく手っ取り早く学びたいものです。知識面の教養は本やネットなどで十分ではないでしょうか。

 

今、議論されている人文科学・社会科系の国立大学廃止論(文科省は行き過ぎた発言だと謝罪)は人文科学は私立がやればいいという話でしょう。

 

教養はあるに越したことはありませんが趣味レベルの話です。確かに教養はグローバルでの交渉や人間関係を築くときに有利です。

 

繰り返しますがグローバル展開したとき、その国の歴史宗教文化は必須学習項目です。

 

それ以外の教養(哲学や文学など)は趣味です。G型でビジネスをする場合、欧米人を相手にするなら教養(特に、日本の歴史などを語れること)は大事です。

 

ちなみにL型は技術職系(手に職系)なのでそもそも教養に不向きであり、習得しにくいでしょう。

 

L型は国内が主であるし、海外からの外国人客相手に教養が必要になる場面が少しあるぐらいであり、基本的に不必要だと言えます。

 

教養についての是非は「「読まなくてもいい本」の読書案内」が参考になります。

 

著書の橘玲氏は旧来の経済学、哲学、心理学、社会学政治学、法学などは10年もすればまったく別のものになると言っています。

 

そして、これらの学問は時代遅れであり、新しいパラダイムに対応していないそうです。

 

著者のタイトルの通り、読まなくていい、学ばなくていい分野は上記に挙げた学問のようです。特に哲学、心理学はかなり怪しい学問だと考えているようです。

 

11 人文学と仕事と教養のマトリクス図

 「人文学は「今=危機の時代」にこそ必要だ」という記事がありました。

 

 https://toyokeizai.net/articles/-/91858

 

著者の内田樹氏の主張によると人文学は平時には役に立たない学問ですが、混乱期には役立つ時が来るといいます。

 

また、多様性を確保しておくことは人類が生き延びるには重要だといいます。さらに実学は即効性がありますが見ているスパンが短いの対し、人文学は役立たないと思われていますが緊急時には役立ち、見ているスパンも長いといいます。

 

そして、内田樹氏は人文学と実学はお互いに交代して輝くから補完し合えばいいといいます。

 

僕は、実学人文学などの教養 路線です。7対3ぐらいでいいのでは?と考えています。

 

政治家や教養で食べている1%未満の人はこの比率は逆転するでしょう。

 

実学である理系は人類に大いに貢献し、食わせてきました。

 

今後も理系の分野は拡大余地のある分野が目白押しです。人工知能、ロボット(介護、交流、ドローンなど多数)、自動運転、IPS細胞、量子コンピュータ、パワードスーツ、エネルギー系などいくらでもあります。

 

対して、人文学の拡大余地はどれくらいあるのでしょうか?

 

人類の意識・心理を解明することか、資本主義に代わる思想、人間はどう生きるべきかなどの倫理や正義ぐらいではないでしょうか。

 

文化、宗教、言語、哲学などはそこまで変化しません。グローバルに対応するために文化、宗教、言語は残してもいいでしょう。

 

しかし、人文学は拡大余地が少ないのです。よって、貢献度も少ないです。

 

貢献度が少ないのなら多様性確保のため、念のため残しますが少数でいいのではないでしょうか? 

 

また、哲学は学問としては終了している感がありますが生き方や人生観を確立するための「哲学」という言葉には意味があります。

 

そのための哲学とは人間について深く知り、どう生きるべきかを徹底的に考える学問」というわけです。

 

そこには絶対の正解はありません。人生は選択の連続であり、その選択の精度を上げるためにも自分の生き方や人生観としての哲学が必要なのです。

 

生き方としての哲学は大量の読書や経験を通じて培われるものです。その人の思想や信条や価値観です。

 

その人が選択をする際の判断軸になります。これは哲学という学問を学んだからといって即効的に出来上がるものではないでしょう。

 

参考にはなるかもしれませんが。その人の生き様ですし、正解はないのです。出世しやすい生き方などの哲学はあるとは思います。

 

生き方としての哲学を確立するためには哲学という学問を学ぶより論語孫子の兵法」君主論を読んだ方がいいかもしれません。

 

しかし、哲学が役立つ分野があることが最近、分かりました。人工知能の分野です。詳しくは「人工知能のための哲学塾」を読んでもらえたらと思います。(半分理解できれば良い方でしょう)

 

そして、危機の時代こそ実学が役立ちます。エネルギー問題、食糧、資源(レアメタル含む)などの危機を人文学が救えるとは思えません。

 

全て、技術が解決するでしょう。介護も高齢化問題もロボットの出番です。

 

つまり、混乱期の今はエネルギーなどの大問題が解決しない限り、長く続き、その間は実学の出番なのです。人文学ではありません。

 

人文学の出番は混乱期が終わった後でしょう。その時に人間とは何か?の本質を問う余裕が出てくるかもしれません。

 

人文学は混乱期に必要でもないし、優先順位も低いですし、多様性の確保のため残されていますが活躍する出番もないかもしれません。

 

人文学などの教養は再考、再編されるべきだと思います。生き方や人生観としての学問ではない哲学については必要ですよ。(人工知能に関しては哲学は役立つようです) 

 

橘玲氏の本を少なくとも大学関係者は読んでパラダイムの転換についていくべきでしょう。

 

最後に、以下のマトリクス図を作ります。

1 「仕事ができる、教養がある」

2 「仕事ができる、教養がない」

3 「仕事ができない、教養がある」

4 「仕事ができない、教養がない」  です。

 

1と4は分かりやすいですよね。問題は2と3です。

 

「仕事ができる、教養がない」人達はビジネスマンに多いでしょう。つまり実学中心派です。対して「仕事ができない、教養がある」人達もいるでしょう。

 

仕事ができないとはビジネス系や民間のことであり、教養はあるのですから学者系や教養で食っている人達になるでしょうか。

 

教養で食うのは仕事ができるといえば教養での仕事はできるのでしょうが、ビジネスや民間ではおそらく通用しないと思います。

 

 「仕事(民間)ができない、教養がある」人達が教養擁護派であり、厄介な人達です。

 

「仕事(民間)ができる、教養がある」人達はスーパーマンです。(この人達は教養もある程度、重視しますが実学寄りだと思います)

 

そもそも、仕事を一生懸命にやっていたら、つまり実学をやっていたら教養を学ぶ時間は限られます。

 

教養にばかり時間をつぎ込める人は教養で食っていける人達か実学にあまり力を注がない、つまり民間での仕事ができない人達である可能性が高いと思います。マトリクス図の話題はこの辺で。

 

僕の本は参考文献からかなりアイデアを借りました。参考文献を掲載したり、引用元を示したりしたのは著者に敬意を示したためです。ちなみに引用は、多少、内容ではなく文体や形式や長さを変えていることはご承知ください。

 

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参考・引用文献。

「なぜ7割のエントリーシートは、読まずに捨てられるのか?」

「新卒採用革命」

「学力の経済学」

「幼児教育の経済学」

「子どもは40000回質問する」

「受験脳の作り方」

ネットの山崎元さんの記事「なぜ理系は文系に使われるのだろうか?」

「未来予測を嗤え」

「ユダヤ式エッセンシャル学習法」

「未来予測の超プロが教える本質を見極める勉強法」

「「読まなくてもいい本」の読書案内」

「人工知能のための哲学塾」

「トップ1%に上り詰めたいのなら、20代は残業するな」