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「自己啓発本を不要にする成功法則」引き寄せ成功 PART2

どうも、パーフェクトヒューマン志願者武信です。 

 

今回は「自己啓発本を不要にする成功法則」引き寄せ成功 PART2というタイトルで話していきたいと思います。 

 

タイトルどおり、自己啓発本を今後、読んだり、買ったりする必要性が薄くなる記事を目指して書きました。

 

このシリーズの記事さえ読めば事足りる内容を狙ってます。(または僕のブログ記事を大量に読めば自己啓発本はほとんど買わなくて済むようにしたいです)

 

まず、タイトルの内容が本当なのか?確認するため、味見してみてくださいw

 

そして、内容にある程度、満足いただけたら他のブログ記事も読んでもらえたら幸いです。

 

PART2です。

 

 

では書いていきます。

 

目次

1 世の中の成功はスキルありき。

2 高度スキルは「高い自己イメージありき」。

3 大学受験のペーパー試験スキルは別物という話。 

4 芸能スキルの話。

5

 

 

PART2です。

 

3  大学受験のペーパー試験スキルは別物という話。 

 

さて高度スキル獲得が成功への道だとしたら大学受験のペーパー試験での高得点スキルは社会で成功することとは別物という話になります。

 

確かに高学歴とある程度の知的労働者との相関はあるかもしれません

 

ですが天才や外れ値やノーベル賞級などになると大学受験のペーパー試験スキルが威力を失うのです。

 

ちなみに主に文系の話に限定します。(理系は専門外ですので。それでも東大理3が高学歴の頂点ですがノーベル賞受賞者はゼロです。地方の国立大がノーベル賞受賞者には多いです)

 

なぜこのような結果になるのか?という点を僕は以下のように分析しました。(ちなみに繰り返しますが文系の話です)

 

文系の英語・国語・社会、さらに国立は数学・理科・小論文系(二次試験など)になります。

 

そしてその科目の中身が酷い試験内容なのです。

 

英語は本当の英語力を問うというより論理パズル的問題です。(英語版現代文のようなもの)

 

国語は現代文はマーク式の場合、「わざと難解な文章を読ませしかも全文ではなく一部を切り取っている文章の上に、巧妙な選択肢で平均点を落とす調整試験」と言うことができます。

 

日本語であればわかりやすく書けばほとんどの人は理解できるのにわかりやすく書くと試験にならないので難解にし、高尚な言葉遊びの文章を読まされた上に落とすための試験なので選択肢を微妙にするのです。

 

もちろん哲学アインシュタイン相対性理論のようにわかりやすく書こうとしても難解な表現になってしまうことはありますがそれでもなるべくわかりやすく書こうと努力する人たちはいるのです。

 

いったいこの難解読解スキルはどこで使うのでしょうか。

 

さらに言うと難解な文章に大量に触れるとそれが「名文」だと勘違いする人を増やし、それをお手本にして難解な悪文を書く層が大量発生する弊害が出てきます。

 

僕がわかりやすく文章が書けているとするならば市販のわかりやすい本を中心にお手本にして大量に読んで慣れたせいであり、現代文のような文章はまったくお手本にしていません。

 

また古文・漢文の有用性がよくわかりません。(これは論点として議論すると長くなるので省略します)

 

社会に出て生きていくのに役立ち身につけるべきスキルはこんな大学受験の文系のペーパー試験なんかより他にたくさんあります。

 

文章執筆力、プレゼン力、コミュ力、専門知識(わかりやすい入門書から徐々にレベルを上げていく)、技能(プログラミングなど多数)などたくさんあります。

 

この大学受験の文系のペーパー試験スキルが役立つのは予備校講師高校教師など大学受験に携わる人たちの世界です。

 

つまり大学受験のペーパー試験スキルを民間の社会で活かそうとするならばまったく役立たないとは言いませんが非効率だということを意味します。

 

なぜなら専門知識なら市販のわかりやすい本が溢れており入門書から徐々にレベルアップして大量に読めばいいだけですし、英語なら民間の試験の方が英語運用能力は磨かれますし、社会なんて市販の本を読めば事足りるからです。

 

要するに無駄が多いのです。(コスパも悪いです)

 

ですが客観的にスキル(実力)を測るものさしが若い人には学歴か資格ぐらいしかないので高学歴(文系)がそこそこ評価されているだけです。(いわゆるシグナルです)

 

正直、資格であれば英検順1級などや本の読破歴(軽く1000冊以上)や実際の文章を書かせて評価中小企業診断士MBA簿記2級その他の資格や技能を持っている人がいたら高学歴に匹敵するかシグナルとしては代替できるのではないでしょうか?

 

文系であれば下手な東大生より上に述べた資格組の方が力があるかもしれません。(つまり大学受験のペーパー試験突破スキルは僕はないよりはあった方がいいと思いますが、他でも代替できるよと言いたいのです)

 

官僚や学者になるのであれば文系のペーパー試験突破スキルとの相関はあるかもしれません。(弁護士などの高度資格も同じ勉強系ですから相関はあるでしょう)

 

ただ長年(受験勉強は基本的に長期戦)つまらない?受験勉強を耐えて我慢してやってきた人が合格者ですから、猛烈に努力できる才能(またはコツコツと努力できる才能)と忍耐強さは証明された人材だとは言えます。(医学部は勤務時間が長いなど労働時間が過酷なので受験勉強型人材が必要なのでしょうね)

 

受験勉強はコスパが悪く非効率ですが他に長年努力してきた証明やスキルとなるものが資格ぐらいしかないのでそういう意味では人を見極めるシグナルとして高学歴はある程度は使えるかもしれません。

 

4 芸能スキルの話。

前回まででスキルについてかなり話してきましたが今回は毛色を変えて芸能スキルについて書いていきたいと思います。

 

普通の世間一般の会社ではスキルに対して賃金が支払われます。

 

不倫やプライベートについてはよほどの件でない限り問題視されません。(職場でのセクハラ、パワハラは重大事であれば解雇となりますかね)

 

もちろん世間一般人でも仕事において高度になればなるほど人間力(人格など)は求められます。

 

高度にならなくても人間力(人格など)が低いとチームワークを乱すので(そういう人は嫌われやすいので職場の人たちが一緒に仕事をしたくなくなるか周りの人の生産性を下げる)避けたい企業もあるかもしれません。

 

しかし芸能界または公人になるとなぜかスキル以外の人格面まで問題視されるか評価の対象となります。

 

昨今週刊文春などの週刊誌により芸能人の不倫などのプライベートの件が暴かれまくっています。

 

ですが世間一般では「スキル=賃金」の図式でありプライベートはほとんど関与されないのに対し、なぜ芸能界や公人ではことさら人格面まで評価の対象になるのでしょうか?

 

少なくとも芸能人であればお笑い芸人であればお笑いスキル、ミュージシャンなら音楽スキルなどが優れていれば本来なら良いのではないでしょうか?

 

職場のチームワークや生産性を下げるのならば納得がいきますが不倫などのプライベートがそうなるとは思えません。

 

その理由を考察すると僕は以下の結論に至りました。(仮説です)

 

「TVに頻繁に映る人が芸能人や公人であり、日本の代表でありお手本となる生き方を示すべき」という暗のメッセージです。

 

ではどこからのメッセージなのでしょうか?

 

TV局自身も品格を上げるために「芸能人の人格や生き方がお手本とされるのであれば良し」としているのではないか?という可能性も少しあります。

 

芸能人や公人は世間一般の「スキル=賃金」の人間じゃなく「スキル・人格=賃金・地位」になっており世間より格上の人間であり、だからこそTV局は品格があり影響力があるのだと示したいのかもしれません。

 

またはTV局自身は結果的に週刊誌により芸能人の人格まで精査されて「芸能人の品格向上→TV局自身の品格向上」と思っているかもしれませんが、実は単なる週刊誌が格上の人に対する世間の嫉妬心のニーズを汲み入れて部数を増やし売れるためだけだったという理由の方が一理あると感じます。

 

ともかく芸能人は「スキル・人格=賃金・地位」という構図になっており、僕たち一般の世界とは異なっているようです。

 

スキルに着目するとこういう着眼点も出てきます。

 

ではこの辺で。