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「政治、経営が属人的なことはいいことなのだろうか?」

どうも、パーフェクトヒューマン志願者武信です。

 

「政治、経営が属人的なことはいいことなのだろうか?」というタイトルで話していきますね。

 

属人的という言葉に皆さんは「??」と思ったかもしれません。

 

つまり、政治や経営がシステムじゃなく人によって左右されるのは良いことなのか?というテーマですね。

 

皆さんはどう思いますか? 政治や経営がシステムじゃなく、就く人によって左右されるとしたら、不安定だと思いませんか?

 

アメリカの大統領は毎回、変わりますが、大統領によって政策も日米関係も変わってきます。

 

この点について論じているので、興味ある方はぜひ読んでみてください。

 

 

では書いていきます。

 

目次。

1 属人化の定義と経営や政治や芸術やスポーツの世界では属人化が顕著という話。

2 文科省人間力を謳い出したのは属人化の怖さを知っていたから。

3 経営・政治の世界の属人化は嫌なこと。

 4 結論。

 

1 属人化の定義と経営や政治や芸術やスポーツの世界では属人化が顕著という話。 

 

まず属人化の定義を書きます。

 

属人の意味とはビジネスの文脈でいえば「業務が特定の人物や担当者など(人)に依存してしまっていること」を指します。

 

属人化の対義語は「マニュアル化」「標準化」です。つまり「仕組化により特定の人に依存しないで誰にでもできる」という意味です。

 

次に経営や政治や芸術やスポーツの世界では属人化が顕著という話をします。

 

経営の世界では特に、属人化はつきまとわります。経営者次第で業績が大きく変わるということです。そのため、経営者の後継者選びで苦労します。

 

よく考えれば、政治の世界も属人化しています。例えばアメリカの大統領が誰になるかで世界の流れ、動きは変わります。

 

トランプ大統領の政策で世の中が大きく変わりそうですよね?日本でも、首相が誰になるか?で政策も大きく変わることから、後継者選びも難しくなります。

 

この属人化という要素は経営や政治だけでなく、スポーツや芸術では顕著です。スポーツでいえばサッカーでいえば組織的なサッカーというのもありますが個が強いブラジル型サッカーなどあります。

 

野球も個人技、人によってかなり能力や成績や結果が異なります。

 

芸術ではもはや属人化されているのが当たり前の世界です。個性が売りですから、その芸術家本人がいないと成り立ちません。

 

属人化って、けっこう当たり前の要素だったのですね。

 

2 文科省人間力を謳い出したのは属人化の怖さを知っていたから。

 

ここで話題が飛んで、文科省の話になります。ついてきてください。

 

文科省が「人間力」を謳(うた)いだしたのも属人化の怖さを知っているからだと思います。

 

学力、偏差値バカとは基本的にマニュアル化され「誰でもできる、代替可能な人物」ということになりやすいです。

 

そういう人物をエリート大学では輩出しないように属人化の要素を高めるために「人間力」を謳い始めたと僕は考えています。

 

「誰が言うのか」で人の影響力はかなり変わるのです。これこそ人間力であり、「誰が言うのか」で影響力があり、オーラがあり、他の人に取って代わられません。

 

そう考えると、大学入試の一斉のセンター試験の一点刻み方式はマニュアル化と相性が良く、属人化とは方向性が異なります。

 

なので文科省は属人化、人間力なども考えて記述式を導入しようとしたのかもしれません。表現力、つまり書く力は属人性がよく表れますから。

 

3 経営・政治の世界の属人化は嫌なこと。 

 

ここで僕の問題提起です。タイトルにつながります。

 

しかしですよ。属人的な人物を生み出そうと文科省が考えているとしてスポーツ、芸術の世界では個性が充分に発揮されるのは良いと思いますが経営、政治の世界では属人性が強調されるとけっこう嫌なことだと僕は考えています。

 

理由は経営、政治の世界での属人性の重要度が高いということは不安定につながるからです。社長、首相次第で成果が変わり、世の中の動向はどちらにでも転がります。

 

属人性が高いので好業績かと思いきや、社長が変ったとたん、急降下ということもありえるわけです。

 

なので、後継者選びでかなり苦労するのです。孫正義氏も後継者選びで苦労していますしね。トランプ大統領が誕生したときは日本の国民は戦々恐々としたのではないでしょうか?メキシコ人もそうです。

 

日本に不利となる政策やメキシコへの壁を作るという公約など、トップが変わるだけでここまで変わるのか、不安定になるのかと思い知らされたはずです。

 

★僕の問題提起は当たり前だった属人化は嫌な面もあるという指摘ですね。

 

4 結論。

 

ここで結論に入ります。

 

タイトルの「政治、経営が属人的なことはいいことなのだろうか?」への答えは僕は基本的にいいことだと思いません

 

世の中やビジネスでは不安定すぎるからです。

 

しかし、属人化を変えることができないとしたら、つまりマニュアル化や仕組化で対応できないのだとしたらトップ選びはかなり慎重に選ぶべきでしょう。

 

マニュアル化や仕組化は属人性がなく、誰にでもできるのが売りであり、マックのアルバイトなどはそうなっています。

 

それが、スポーツや芸術などの属人性、個性が売りの世界ならマニュアル化は必要ないですが政治や経営などの一定の安定性や業績が求められる世界ならば属人性は多少弱まった方がいいと思います。

 

属人性を弱めるためには組織や党自体である程度の属人性によらないマニュアル化を取り入れるべきでしょう。

 

トップダウンが強すぎないようにするために、側近を固めたり、レッドチームなどを作り、自社を潰す策やトップへの諫言を許す風土づくりなども必要になってくると思います。

 

属人化は「スター性や人によって変わる」という良い意味合いもあるのですが、同時に「人によってかなり変化する(悪い方向にも)」という意味合いもあり、もろ刃の剣です。

 

スティーブ・ジョブズがいなくなったアップルは属人化の罠から抜け出せているかもしれません。

 

こういう視点を理解しておくことも大事なのではないでしょうか?

 

 ではこの辺で。